2011年11月16日

もやもや

段ならボツにして消しちゃうような絵なんですが
何かひっかかるものがあったので、とりあえず日記のネタに採用。
何も考えず適当に付け足してったらムースになった

ムース3.jpg

納得いくムースの絵ってなかなか描けないもので
自分基準に満たないものは人目に触れる場所に置きたくないんですが
ただ何かが気になって、それが何なのかわからずモヤモヤして
どうしたらいいかわからないのでペタリ。


顔とかがしっくりこないのに適当に描き進めちゃったというのはあるけど
描くものが定まってないのに下描きはできないし、
仕方ないからと諦めて強引に進めたわけだし。
こうして考えてみてもしっくりこないし。

構図どころか、何描くのか描きながら決めてるんだからこーなりますよね
腕とか超困った。結局うまく着地できなかったし

でも気になってるのはこーいうのじゃなくて
もっとモヤモヤしたものなの!あー悶々とする!
自分でわからないのに人様にわかるわけないじゃない!


こんな日のこんな思いを残しておけば
いつかまた振り返ったとき感情やモヤモヤ具合まで思い出せるだろうか。
コレの正体もその時ならわかるかもしれない。
後になったら全く思い出せないかもしれない。
だとしても残しておけば何かになる。

と、無駄に希望を込めて日記にくだらない事を書く


消すのはいつでもできるし、消したら二度と帰ってこないし
落書きでも自分の人生の時間を費やして行った足跡のひとつなので
本当に不要だと判断する時がくるまで、とりあえず刻んでおけばいいとも思うし。
ちょっと持論まぜてみた(CVシルシル)



以下(おそらく私以外の多くの人にとっては)わりとどーでもいい話。小難しい


世の中モノでも思い出でもなんでも捨てたがる人が多いですが
自分の生きた証をそれだけ削っているんだと思う面はあるのです。

どこかに残しておかなければ、全て消えてなくなってしまうし
消えていいものなら最初からなくてもいい。
でも最初から全て無くても有っても同じなわけはないので
じゃあ何が残りどう伝わるのかとか考えれば、その人なりの答えが出ると思うのです

身軽な事は本当に美徳なのか考えると
自分という個に固執しない人ほど
物質的にも精神的にも身軽でいたがるんじゃないのかなぁ、とか
色々思うわけですが、こういう話をすると
最終的に人間が種を残す目的は何だとか、種を残して何をしようというのかとか
そういう話になるので終了。


ものはついでということで、備忘録的に続きを書いておくので
哲学じみた話に興味がある人は↓をクリックして続きを読めばいいと思います。

こーいうのは、素人の自分でも仮説が立てられるんだから
同じ事を突き詰めて論文にして提唱した学者さんがいたりするんでしょーけども。


生物は寿命があり死を迎えるから、自分のコピーを作って
個のコピーはできなくても、種そのものは続けさせようとするわけで
繁殖する目的というのは、不老不死の代替策なんじゃないかって思うわけです

つまり生存本能ってのは、行き着く先は不老不死で
不死を求めるがゆえ生物に備わった機能と考えるのです
環境に適応する進化というのはより安全確実な生存への道へ至る道なので
進化の先に求めるものというのは不死じゃないかと。
死への恐怖は生物にとって最大の感情だとも思います


進化の結果知恵を手に入れたなら、その知恵を存分に使って
遺伝子でも何でもいじったりして進化するべきだと思うんですが
それを倫理で縛るのは、自縄自縛といわざるを得ないというか。

人間は死の恐怖から逃れようとして、宗教を拠り所にするようになったのに
宗教が生み出した倫理観によって
死を克服できず縛り付けられるのは確実に間違ってると思う。


感情とか情緒といったものは人が人である上で最も大事なものだと思いますが
文化や社会はまず理屈とルールの上に成り立つもので、
その根っこを無視したら意味がなくて説得力も正当性も無いというのが自分の基本理念。

倫理といってもこの話の場合、人間同士の社会における人付き合いその他の話ではなく
神様がどうとかの話なわけで、そんなのは一旦置いといて
まずは遺伝子操作とかクローン技術とかの合理性と有用性について話を進めるべきだと思う。

それをやると宗教観が文化の根底に根強く息づいてる
どこぞの国やあそこの国の偉い人が困っちゃうからなんでしょうけど。汚ねェ話だ

今からさっさと研究進めないと自分が死ぬまでに間に合わないじゃないですか!
できればさっさとその分野が発達して、家族友人にも長生きしてほしいですよ、そりゃ。


不死といっても、寿命に抗えればまずは万々歳だし
増えるばかりで減らないとかいう話もあるけど
外傷を受けたり病気にかかれば死ぬだろうし大丈夫じゃないかと。
逆に、死なないからいいやという繁殖力の減退のほうが問題になりそう。


また別の話だけど、個は残せないにしても
人間は文化の中において家・血筋を残してきたわけで
その家ならではのものを受け継いできたりしてると思うのですが
安易に断絶させるのもどうかと思うんですなー。

ほんの2〜3世代の間でも、いまのご時世じゃ
例えば、おばあちゃんの知恵袋なんて受け継いでる家がどれだけあるやら。
奇しくも、ちょうど数日前発売されたばかりの俺の屍を越えてゆけPSP版と重なる話になった。
桝田ゲー大好きだしPS版大好きだったんで限定版で買いましたが、未開封で積んであります…やりたいな
リンダキューブもやりたい。アゲインやった後に無印も買ったのに積んだままだなー。もう10年か…



脱線しましたが、なんでそーいう事考えるかって、死にたくないからです
なぜ生物は死ぬのか、死なないためにどんな本能が備わっていて何をするのか
本能は何のために備わっているか、生物としての「生存する目的」は何か、とか
順番に考えた結果です。ああ寿命が怖い

ちなみに、宗教というのは結局確実性がないので、私の拠り所にはなりません。
あの世があるという証明はできないからね。教えによって輪廻や死後がまちまちなんだから余計に。
でも宗教から生まれた文化などはとても好きですけどね。
posted by 沐絲 at 03:48| Comment(0) | お絵かき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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